久しぶりにオバの家
いつもの土手を制服姿の学生たちが楽しそうに歩いている……
制服姿?
私は思わず振り返った
オバの住む世界では制服はとっくになくなっていた
イベントでもあるのかなと思いながら行くと
夕暮れ時の公園で猫の集会が始まっていた
でもオバの家によく来る茶白猫、月子の姿はなかった
自分の存在を一時的に消すという遊びなのだそうだ
個性や多様性という言葉が当たり前過ぎてほぼ死語になっているこの世界
だからこその現象かもと勝手な想像を巡らせる
オバはそのブームを少し解るとしながらも、制服に関しては
「18歳まであのスタイルだったんだ……」と少し感慨深げ
オバの寝室にある一枚の写真
小学校の卒業パーティーの写真だという
ドレスアップした12歳のオバとその同級生達は
20代の私よりずっとアダルトだ
21世紀に生きる私は、オバの住む世界で体験する
この激しい時代間のギャップに時々めまいがしそうになる
「そうそう月子集会にいなかったわよ」
「ああここ三日ほど帰ってないのよ」
たびたびあることなのでオバはそれほど心配もしていないようだ
一週間がたっても月子は姿を現さなかった
帰る前に一度抱っこしてからと思い、ぐずぐずしていると
ごそごそっとクローゼットの奥で音がしてふいに月子が現れた
が、こちらの企みを見透かしたかのように目の前で大きくのびをしたかと思うと
あっという間に開いていた窓から逃走してしまった
クローゼットはわりと頻繁に開け閉めしていたはずなのに
猫は時々気配を消すことがあると常々思っているが
動物は体調が悪いと姿を隠す、とも何かで読んだことがある
月子は体調が悪かったのかもしれない
存在を消すブーム、ちょっとわからなくもない
心身が弱っている時、何かに紛れていると楽だと思う
そして体調が戻ったらまた日常に戻る
猫のように自分らしさを隠すことなく生活する
今回全く気付かずに、月子を抱っこできなかったのは残念だったけど
顔だけでも見せてくれたので、それは良かったと思うことにした
いつの間にか陽が落ちて、降るような星空の下私は家路を急いだ
季節は秋を迎え始めている
肌寒い空気の中、月子の体温と毛の感触と息づかいが蘇ってきた



