2026年10月1日木曜日

弟ニ話 オバの秘密




空には無数の広告用ドローンが飛んでいる

今日のトップニュースは

会食を共にし、店から出てきたところを激写されたジャーナリストと政治家のスキャンダルだ

各社がスクープ合戦をやっている



2月、春とは名ばかりで冷たい風が吹く

でも自然の時計は正確だ

ふと目をやると水仙が花を付けていた

私はオバの反応を期待してその花を摘んだ


「ひゃーやめて寒い寒い!」

水仙を差し出すと思った通りの反応が返ってきた

空のオバちゃんはこの季節の花が苦手だ

梅、桃、水仙、椿、サザンカ

極端に寒がりのオバにとってその感触や見た目や匂いには凍える北風が染みついているのだそうだ

花にとっては迷惑な話だが



「いいところに来てくれたわ」

オバは部屋の片付けの真っ最中だった

今どきと思えるほど大量の紙の本や書類

その下から古いタブレットが出てきた

太陽の光に当てると起動し、絵が現れた

どうやらオバの子供の頃のものらしい

よく見るとそれは水仙だった

「き れ い」と順番に文字が現れ、

色とりどりのハートマークやきらきら光る星が楽しそうに動き始めた



「なんだ水仙好きだったんじゃん」

オバは本当はどの花も好きなのだ

子供の頃は北風の中で寒さに耐えながらも、外での遊びは楽しかったにちがいない

大人になってその寒さが身にこたえるようになり

もともと寒がりだったためにネガティブな記憶が上書きされてしまったのだろう



帰り道、空ではスクープ合戦が続いていた

新事実も次々と暴露されている

国を揺るがす深刻な秘密と、オモチャのような叔母の秘密


気がつくとすでに桃の蕾はふくらんで

堅く凍った土の上には白いナズナや瑠璃色のイヌフグリ……


早春の花たちは冷たい北風の中で

けなげにこの季節を彩っていた

2025年10月28日火曜日

弟一話 茶白猫の月子




久しぶりにオバの家

いつもの土手を制服姿の学生たちが楽しそうに歩いている……

制服姿?

私は思わず振り返った


オバの住む世界では制服はとっくになくなっていた

イベントでもあるのかなと思いながら行くと

夕暮れ時の公園で猫の集会が始まっていた

でもオバの家によく来る茶白猫、月子の姿はなかった





 オバに制服の話をすると
「ああ、今流行っているみたいね」と言った

自分の存在を一時的に消すという遊びなのだそうだ

個性や多様性という言葉が当たり前過ぎてほぼ死語になっているこの世界

だからこその現象かもと勝手な想像を巡らせる


オバはそのブームを少し解るとしながらも、制服に関しては

「18歳まであのスタイルだったんだ……」と少し感慨深げ

オバの寝室にある一枚の写真

小学校の卒業パーティーの写真だという

ドレスアップした12歳のオバとその同級生達は

20代の私よりずっとアダルトだ


21世紀に生きる私は、オバの住む世界で体験する

この激しい時代間のギャップに時々めまいがしそうになる



「そうそう月子集会にいなかったわよ」

「ああここ三日ほど帰ってないのよ」

たびたびあることなのでオバはそれほど心配もしていないようだ


一週間がたっても月子は姿を現さなかった

帰る前に一度抱っこしてからと思い、ぐずぐずしていると

ごそごそっとクローゼットの奥で音がしてふいに月子が現れた

が、こちらの企みを見透かしたかのように目の前で大きくのびをしたかと思うと

あっという間に開いていた窓から逃走してしまった

クローゼットはわりと頻繁に開け閉めしていたはずなのに


猫は時々気配を消すことがあると常々思っているが

動物は体調が悪いと姿を隠す、とも何かで読んだことがある

月子は体調が悪かったのかもしれない



存在を消すブーム、ちょっとわからなくもない

心身が弱っている時、何かに紛れていると楽だと思う

そして体調が戻ったらまた日常に戻る

猫のように自分らしさを隠すことなく生活する

今回全く気付かずに、月子を抱っこできなかったのは残念だったけど

顔だけでも見せてくれたので、それは良かったと思うことにした


いつの間にか陽が落ちて、降るような星空の下私は家路を急いだ

季節は秋を迎え始めている

肌寒い空気の中、月子の体温と毛の感触と息づかいが蘇ってきた


猫店  目次

弟ニ話 オバの秘密

空には無数の広告用ドローンが飛んでいる 今日の トップニュースは 会食を共にし、店から出てきたところを激写されたジャーナリストと政治家のスキャンダルだ 各社がスクープ合戦をやっている 2月、春とは名ばかりで冷たい風が吹く でも自然の時計は正確だ ふと目をやると水仙が花を付けていた...